古文学は、今文学が一経専門で家法を頑なに遵守したのに対して、六経すべてを兼修し、ときには今文学など他学派の学説をとりいれつつ、経書を総合的に解釈することを目指した。賈逵(かき)は『左氏伝』を讖緯と結びつけて漢王朝受命を説明する書だと顕彰した。その弟子、許慎は『説文解字』を著して今文による文字解釈の妥当性を否定し、古文学の発展に大きく寄与している。また馬融は経学を総合して今古文を折衷する方向性を打ち出した。その弟子、鄭玄(じょうげん)は三礼注を中心に五経全体に矛盾なく貫通する理論を構築し、漢代経学を集大成した。
今文学のほうでは古文学説の弱点を研究して反駁を行った。李育は『難左氏義』によって左氏学を批判し、白虎観会議に参加して賈逵を攻撃した。何休は博学をもって『公羊伝』に注を作り、『春秋公羊解詁』にまとめた。また、『公羊墨守』を著作して公羊学を顕彰するとともに、『左氏膏肓』を著作して左氏学を攻撃した。一方で『周礼』を「六国陰謀の書」として斥けている。何休は鄭玄によって論駁され、以後、今文学に大師が出ることもなく、今文学は古文学に押されて衰退していった。
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魏に入ると、王粛(おうしゅく)が鄭玄を反駁してほぼ全経に注を作り、その経注のほとんどが魏の学官に立てられた。また王粛は『孔子家語』を偽作したことでも知られる。西晋では杜預(どよ)が『春秋左氏伝』に注して『春秋経伝集解』を作り、独自の春秋義例を作って左伝に基づく春秋学を完成させた。『春秋穀梁伝』には范寧が注を作っている。この時代に隆盛した学問は老荘思想と『易』に基づく玄学であるが、玄学の側からも儒教の経書に注を作るものが現れ、王弼は費氏易に注して『周易注』を作り、何晏(かあん)は『論語集解』を作った(正始の音)。